田尻悠人六段をゲストに古碁の魅力を掘り下げる節目の15(イゴ)回目後編は江戸時代の古碁名局ベスト10です。同年代の古碁好き棋士お二人が、これぞ古碁の名局と思う棋譜を10局選びます。選考基準になるのは知名度と歴史的背景、命がけ感、棋譜の内容、そしてお二人の好み。順位について異論、反論はあるかも知れませんが、あくまでもお二人の個人的な見解です。「好きなことをあーでもない、こーでもないと話している時間、それが至高の幸せなのだな」とご理解いただければと思います。
田尻 = 田尻悠人六段
- ―― ここからは江戸時代の古碁名局ベスト10を選んでいただきます。
- 寺山 どこから行きますか。私は、ベスト2は決まっているのですが、その後の順位はけっこう悩ましくて。
- 田尻 自分はベスト4まで考えてきました。ただ、それ以降はどれを入れるか悩ましいですね。
- 寺山 では、すんなり決まりそうな1位から順に行きますか。後半はそれぞれ出し合って議論する感じで。
- 田尻 そうしましょう。寺山さんからお願います。
- 寺山 私は1位が本因坊丈和VS赤星因徹「因徹吐血の碁」、2位は井上幻庵因碩VS本因坊秀策「耳赤の一局」です。
- 田尻 おっ、一緒です。
- ―― 日本棋院の売店などでは「耳赤の一局」をデザインにしているネクタイやマグカップを売っていますし、世の中的には「耳赤の一局」の方が有名な気がしますが、お二人とも「因徹吐血の碁」が1位なんですね。
- 田尻 有名かどうかを考えるとそうかも知れません。でも、命がけ度が違い過ぎますし、歴史的な意味の大きさを考えるとやっぱり「因徹吐血の碁」の方が重たい気がします。
- 寺山 「耳赤の一局」は秀策のデビュー局で、インパクトは大きかったと思いますが、当時の名人碁所と新進気鋭の若手の一局を比較してしまうと内容的にもやや劣るかなと。
- ―― なるほど、そうなると1、2位は文句なしで決まりですね。3、4位はいかがでしょう。
- 寺山 今度は田尻さんからお願いします。
- 田尻 僕は3位が本因坊道策VS安井二世算哲(渋川春海)「初手天元」で4位が本因坊元丈VS安井知得仙知「ダメの妙手」です。
- 寺山 それ、私は逆なんですよ。3位が「ダメの妙手」で4位が「初手天元」。
- 田尻 分かります。でも、正直「ダメの妙手」ってなんでそんなに有名なんだろうって思ってしまったんですよね。今見てもどのくらい良い手なのかよく分からないですし。この一局は有名ですけど、たくさんある元丈との対局の一つとも言えるし。
- 寺山 ある意味普通の一局がここまで有名になったというのも歴史の妙かなと思いますけど、確かに「初手天元」は天文学で上り詰めた渋川春海が天才道策と対局したというだけでも歴史的価値がありますよね。
- 田尻 内容は道策の完勝で一方的ではあるんですけど、算哲が天文学的な理由で初手天元を打ったというのが価値あることだと思うんです。
- 寺山 そう言われるとそんな気がしてきました(笑)。3位が「初手天元」、4位が「ダメの妙手」で行きましょう。
- 田尻 問題はここからですよね。この後の順位が難しい。正直なところ、自分の中でもまったく定まっていないので、ひとまず10位までに入れたい碁をいくつか出してもいいですか。
- 寺山 私も全然決まっていないので。お願いします。
- 田尻 本因坊道策VS小川道的の道策が黒で1目勝ちの碁、本因坊道策VS安井春知「道策生涯の一局」、本因坊秀和VS本因坊秀策から『ヒカルの碁』で使われた一局、太田雄蔵VS本因坊秀策「太田の傑作」、安井算知VS本因坊算悦による史上初の争い碁から「三本サガリの局」あたりですかね。
- 寺山 名人である本因坊算悦に安井算知が挑んだ「三本サガリの局」はいいですね!私もそれはぜひ入れたいです。史上初の名人碁所を巡る争い碁の第6局。お互いに黒番で入れ合って、算知の3勝2敗で迎えました。この碁は紆余曲折あるのですが、黒番の算悦が決め手となる三本サガリの妙手を打って勝利。勝ち星を五分に戻したところで算悦は倒れ、争い碁は打ち止めになりました。
- 田尻 ドラマチックですよね。江戸初期であまり一般に知られていないかも知れませんが、ぜひこれを機に興味を持っていただきたいです。
- 寺山 秀和VS秀策はヒカルとアキラの初対局の碁ですよね。「僕の力量を計っている。遥かな高みから」っていう。
- 田尻 それです(笑)。印象的な場面ですよね。
- 寺山 秀和と秀策の碁は名局揃いですが、どれを入れるべきか悩んでいました。師弟なので争い碁を打つ間柄ではないですし、両者による歴史的意義のある節目の一局というのはないんですよね。その点、この碁は『ヒカルの碁』の重要な一局に採用されたことで、頭一つ抜きん出た気がします。
- 田尻 寺山さんは他に入れたい碁はありますか?
- 寺山 安井仙角VS本因坊道知の「ヨセの妙手」は入れたいですね。この碁は当時15歳で四段だった道知の昇段を六段の安井仙角が阻もうとして起こした争い碁の一局です。道知は劣勢の中ヨセで妙手を放ち、逆転1目勝ちしました。勝利を確信していた仙角は納得できず、3回も並べ直しを要求したと伝えられています。
- 田尻 なかなかにドラマチックですね。道知は後の名人ですし、仙角も準名人に進んだ大変な実力者。争い碁という人生を賭けた真剣勝負の場で打たれたことを考えても名局ベスト10に入っていいと思います。
- 寺山 ありがとうございます(笑)。あとはライバルによる名勝負という点では丈和VS幻庵の対局からどれかと、幻庵VS秀和の争い碁からどれか・・・。あとは個人的に大仙知(安井仙角仙知)が好きなのでどれかを取り上げたいなと思いつつ、どの碁をとなると難しくて悩んでいます。
- 田尻 シリーズとして有名でも一局選ぶとなると難しいですよね。まあ、それは後で考えるとして、順位決めに入りましょうか。5位は個人的に道策でお願いしたいところですが、いかがですか?
- 寺山 こうして見ると好みが出ますね。田尻さんの候補に道策の碁が2局も入っているのに丈和の碁がない(笑)。
- 田尻 言われてみれば確かに(笑)。でも、まあ、1位が丈和の代表局ですから(笑)。
- 寺山 入れるとしたら知名度的に「道策生涯の一局」ですかね。2子局ですし、少し政治的な配慮を感じますが・・・。
- 田尻 でも、実際にこの碁は道策らしさが詰まった華麗な碁ですよ。安井春知も十分な実力者ですし、やっぱり名局と言えるんじゃないでしょうか。
- 寺山 そうですね、では5位は「道策生涯の一局」で行きましょう。6位は算知算悦の争い碁でいかがですか?
- 田尻 異議なし。歴史的な重みからしてこの辺にはランクインさせたいところだと思います。7位はどうしましょう。
- 寺山 ここからは本当に難しい。どれも内容は濃いけれど「この碁」と言い切れない。
- 田尻 太田雄蔵とかはどうですか?
- 寺山 いいですけどね・・・。ただ、天保四傑は全員、秀和や秀策といい勝負の碁を残しているので、その中であえて太田だけ入るのかどうか・・・。
- 田尻 少し弱いですか。ちなみに、丈和VS幻庵だとどの碁が候補になりますか?
- 寺山 それが難しい。「今川義元の油断を彷彿たりと言うべきか」という副題が付いている一局がありますが、どうですか?
- 田尻 パッとは思い出せませんが、副題からして、幻庵が優勢なのをウッカリして落としたんでしょうね(笑)。
- 寺山 その通りです(笑)。ただ、田尻さんがすぐに思い出せないとなると、少し弱いですか。秀和VS秀策にしましょうか。『ヒカルの碁』の影響で知名度が上がりましたし、黄金期を代表する二人の碁ですし。
- 田尻 いいと思います。次は8位ですか。だんだん枠がなくなってきましたね。僕は先ほどお話を聞いて仙角VS道知「ヨセの妙手」はいいなと思いましたが、いかがですか。
- 寺山 いいんですか?
- 田尻 納得できなくて3回並べ直すなんてなかなかない。真剣さが伝わってきますし、道策、丈和、秀策といった有名どころ以外にも名局はたくさんあると知ってもらいたいです。
- 寺山 残すは9位と10位ですか。幻庵の碁を一局は入れたいですよね。秀和との争い碁か、丈和とのライバル対決か。
- 田尻 丈和は因縁のライバルではありますけど、舞台を考えると秀和との争い碁の方がいいように思います。ちなみに秀和との争い碁だと秀和4目勝ちの碁になりますか?
- 寺山 秀和6目勝ちの方もいいですけど、4目勝ちの方がいいですか?
- 田尻 僕は4目勝ちの方を推したいです。秀和が絶妙なシチョウアタリを打ったりして印象的な局面が多いので。
- 寺山 ではそうしましょう。9位は幻庵VS秀和の争い碁「秀和4目勝ちの一局」ということで。最後はどうしましょう。
- 田尻 個人的な好みですが、道策VS道的を入れて欲しいです。道的は本物の神童。あの道策に黒を持たせて互角に戦ったというのはものすごいインパクトでした。
- 寺山 いいと思います。師弟対決なので公式な場での対局ではないですが、これほどの天才をベスト10に入れなくてもいいのかとも思いますし、内容も素晴らしい。
- ―― ではベスト10は以下でよろしいでしょうか。
1位・本因坊丈和VS赤星因徹「因徹吐血の碁」
2位・井上幻庵因碩VS桑原秀策(本因坊秀策)「耳赤の一局」
3位・本因坊道策VS安井二世算哲(渋川春海)「初手天元」
4位・本因坊元丈VS安井知得仙知「ダメの妙手」
5位・本因坊道策VS安井春知「道策生涯の一局」
6位・安井算知VS本因坊算悦「三本サガリの局」
7位・本因坊秀和VS本因坊秀策から『ヒカルの碁』で使われた一局
8位・安井仙角VS本因坊道知の「ヨセの妙手」
9位・井上幻庵因碩VS本因坊秀和の争い碁から秀和4目勝ちの碁
10位・本因坊道策VS小川道的「道策黒番1目勝ちの碁」 - 田尻 いいんじゃないでしょうか。並べてみると自分で言うのも何ですが、なかなかいいバランスに見えます。
- 寺山 少し道策多めに見えますけど(笑)、日本の囲碁は道策から始まったと言っても過言ではないくらいの重要人物ですし、このくらいはむしろ当然かもしれません。
- ―― 田尻六段、今回は古碁探訪に加わっていただいて、ありがとうございました。最後に一言ご感想をお願いします。
- 田尻 楽しかったです。普段はなかなかこういう話をまとまってする機会がないので、新鮮でしたし、改めて古碁は面白いなと思いました。大河の囲碁シーンにも注目していただけると嬉しいですし、古碁好きが増えたら嬉しいですね。
- 寺山 私も大変貴重なお話が聞けて楽しかったです。江戸時代の古碁名局ベスト10はあくまでも私たちのランキングですが、これを機会に並べてみたり、調べてみたりして楽しんでいただけたら嬉しいですね。
- ―― ランキングの対局と棋譜は寺山六段によるワンポイント解説をまとめたものをのち程掲載いたします。ご興味を持たれた方はぜひそちらもご覧ください。本日はありがとうございました。
記・品田渓
関連記事
- 寺山怜の古碁探訪(1)― 本因坊秀策~最も惜しまれ、愛された棋士~
- 寺山怜の古碁探訪(2)― 本因坊道策~突如現れた大天才~
- 寺山怜の古碁探訪(3)― 本因坊丈和~成り上がった「最強」の名人~
- 寺山怜の古碁探訪(4)― 井上幻庵因碩~生きたいように生きた不運な天才
- 寺山怜の古碁探訪(5)― 本因坊算砂~織田、豊臣、徳川に仕えた「始まりの人」
- 寺山怜の古碁探訪(6)― 本因坊察元~馴れ合いと停滞を打破した「棋道中興の祖」
- 寺山怜の古碁探訪(7)― 本因坊秀甫~明治期に道を切り拓いた「第一人者」兼「経営者」
- 寺山怜の古碁探訪(8)― 夭折の天才棋士たち~小川道的・奥貫智策・赤星因徹・小岸壮二
- 寺山怜の古碁探訪(9)― 太田雄蔵~秀策を鍛えた粋でいなせなイケメン棋士
- 寺山怜の古碁探訪(10)― 本因坊元丈・安井知得仙知~奇跡のような美しいライバル関係
- 寺山怜の古碁探訪(11)― 安井一世算哲・二世算哲~明察で徳川に仕えた天才父子
- 寺山怜の古碁探訪(12)― 井上道節因碩~不朽の名作『囲碁発陽論』を著した異色の名人
- 寺山怜の古碁探訪(13)― 四宮米蔵・水谷縫治~「賭け碁」で稼ぐアウトローな棋士たち
- 寺山怜の古碁探訪(14)― 安井仙角仙知~新布石のもとになった元祖「宇宙流」
- 寺山怜の古碁探訪(15)前編 ― 田尻悠人六段に聞く「NHK大河ドラマ」と古碁

