寺山怜の古碁探訪(15)前編―田尻悠人六段に聞く「NHK大河ドラマ」と古碁

 囲碁は大河ドラマに欠かせない脇役です。武将の外交、姫の社交、商人の商談、友人の対話、恋人の語らいと様々な場面の演出に用いられます。役者の所作はもちろんのこと、盤面も非常に大切で、その時代に不自然ではない、その場面の設定にあった配石でなくてはいけません。
 今回は「寺山怜の古碁探訪」連載から節目の15回(イゴ回)目ということで、前編・後編に分けた特別企画。長年、NHK大河ドラマの囲碁監修を務めてきた田尻悠人六段をゲストに招き、古碁の魅力を掘り下げます。前編のテーマは「NHK大河ドラマ」と古碁。田尻六段の古碁にまつわる思い出や大河ドラマでの仕事など、普段はなかなか聞くことのできないマル秘エピソードを伺います。そして後編は寺山六段と田尻六段に古碁名局ベスト10を選んでいただきます。
寺山寺山怜六段
田尻田尻悠人六段
  • ―― 今回は寺山六段のご推薦で、田尻六段をゲストにお招きしました。お二人は門下が違いますが、寺山六段が平成2年生まれ、田尻六段が平成3年生まれで同学年。同時期にプロ修行をされているんですね。
  • 寺山 プロ入りは田尻さんが平成19年で私が20年で1年先輩に当たります。大河ドラマの監修をしていると伺っていたので、ぜひお話を聞いてみたいと思っていました。
  • 田尻 呼んでいただいてありがとうございます。私も古碁好きでコラムは全部読ませていただいています。古碁や大河のことなど、まとまって話せる機会は少ないので楽しみにしてきました。
  • ―― お二人とも古碁がお好きということですが、そもそも好きになるきっかけとかはあったのでしょうか。
  • 寺山 ここ20年くらいで様変わりしてしまいましたが、私たちの頃は古碁を並べるというのがごく普通の勉強方法だったんです。勉強のことで相談すると、師匠や先輩から「それなら秀策を並べたらどうか」とか「戦いなら丈和がいい」など、古碁を勧められることが当たり前にありました。
  • 田尻 私は大淵盛人九段門下なのですが、師匠から「まずは『日本囲碁体系』を全部並べなさい」と言われました。それをしてから、それぞれ好きな棋士を掘り下げる感じで。なので、大淵門下であれば全員古碁は一通り並べていると思います。
  • 寺山 『日本囲碁体系』は全18巻あって、主要な棋士が本因坊算砂から本因坊秀哉まで収録されています。かなりのボリュームなので、それを全部並べているのはすごいですね。田尻さんは誰が好きなんですか?
  • 田尻 僕自身は本因坊道策が好きですね。ただ、道策の碁はかっこいいけれど真似しづらい。だからなのか師匠には「丈和を並べなさい」と言われました。手厚い手が好きな割に非力だったので、勧めてくださったんだと思います。でも、どうしても好きになれなくて、結局今でも強く印象に残っているのは道策の碁ばかりです(笑)。
  • 寺山 分かります。似てる棋風だから好きとは限らないと言いますか、違うから惹かれるということもありますし、古碁は特に打ち手の個性が際立っているので、ハマるかハマらないかが重要な気がしますね。
  • 田尻 ちなみに寺山さんが好きなのは誰なんですか?
  • 寺山 あえて一人選ぶとしたら『囲碁発陽論』の著者、井上道節因碩ですかね。『日本囲碁体系』では大平修三九段が解説されているのですが、それがまた良くて。解説込みで一番好きかもしれません。
  • 田尻 大平九段は木谷實九段門下で「ハンマーパンチ」「丈和の再来」と呼ばれた先生ですね。戦いの碁がお好きなんですか。
  • 寺山 ゴリゴリと戦っていく感じがいいんです。
  • ―― ディープな古碁談義ですね。いつまでも聞いていたいですが、大河ドラマに話を移したいと思います。田尻六段はいつ頃から監修に加わるようになったのでしょうか。
  • 田尻 2017年の「おんな城主 直虎」からです。これまでに7つの大河ドラマに関わらせていただきました。「おんな城主 直虎」は初めて関わらせていただいたのと同時に、囲碁が重要な役割を果たすドラマだったので、とても充実感があって特に思い出深いです。
  • 寺山 監修のお仕事とは具体的にはどんなことをするのでしょうか。
  • 田尻 主に2つありまして、1つは脚本の囲碁が出てくる場面を読んで、その場面に合った盤面を考えること。もう1つは囲碁のシーンの演技指導、つまり石の持ち方を指南することですね。最も時間がかかるのは盤面を用意することです。「おんな城主 直虎」の時は盤面に意味を持たせる描写が多かったので、棋譜を創作することもありました。創作する時は戦国時代なので、本因坊算砂の棋譜を参考にしながら、当時にもありそうな碁形にすることを心がけていましたね。
  • 寺山 どんな注文があるんですか?
  • 田尻 例えば、「一手で大石が取れる場面」であるとか、「珍しい生き方」などですね。該当する棋譜がドラマの時代設定と同時代にあればそれを使うことが多いです。例えば「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺」は安井知得仙知と本因坊元丈の時代だったので、棋譜は豊富に残っていますし、実際の棋譜から盤面を採用することが多かったです。問題は戦国時代以前。最も時代が近くて算砂ですが、棋譜が残っていないので自然と創作が多くなります。中でも難しかった注文は、「おんな城主 直虎」の時で「盤面に当時の勢力図を表して欲しい」というものでした。これはかなり悩みました。
  • 寺山 ゼロから棋譜を作るのは難しいですよね。しかも時代と局面をうまくリンクさせないといけない。聞くからに難しそうです。
  • 田尻 大変でした(笑)。でも、その分最後に「囲碁監修・田尻悠人」とクレジットが流れた時の喜びは格別でしたね。「おんな城主 直虎」は特に囲碁が重要な役割を果たしていて、今でも直虎と囲碁を結びつけて記憶してくださっている方が多いのも嬉しいです。
  • 寺山 ところで、「光る君へ」の舞台は平安時代ですが、棋譜はどうされたんですか。
  • 田尻 この年は監修に入っていなかったので分かりません。盤面を用意するにしても、参考にする棋譜がないですよね。平安時代はあらかじめ星に石を置いて打ち始めていたそうなので、ひょっとしたらダイレクト三々が平安時代にはあったかもしれませんが、あまりにも形が現代的だとツッコミが来そうですし(笑)。
  • 寺山 想像でやるしかないですね(笑)。ところで、演技指導の方はいかがでしょう。
  • 田尻 やってみてわかったことですが、演技指導は指導している時間よりも待機している時間が圧倒的に長いんです。囲碁のシーンを1日に2つ撮る場合、午前と午後に分かれていることがあります。そうすると実質2時間の収録に対してほぼ丸一日現場にいることになる。しかも、関わる方が膨大なので、急遽キャストの方の都合が悪くなって延期ということもよくあります。時間も体力もけっこう使うんだなと思いました。
  • 寺山 大変なんですね。
  • 田尻 大変でした(笑)。それでも、普通なら画面の中でしかお目にかかれないような俳優の方々に直接お会いできるというのはやっぱりすごいことだなと思います。一番印象に残っているのは「おんな城主 直虎」で徳川家康役をされていた阿部サダヲさんです。初めて演技指導をした日にはあまり上手ではなかったのですが、「家で練習してきます」と碁石を持ち帰られて、2、3日後にお会いした時は見違えるように自然な打ち方になっていました。ドラマではセリフや所作など覚えることがたくさんあるので、碁石の持ち方はぶっつけ本番という方がほとんどなのですが、阿部サダヲさんは練習までしてくださって、俳優魂を感じると共に囲碁のシーンを大事にしてくださっているんだなと嬉しくなりました。
  • 寺山 それは感激しますし、一流の俳優さんのそういう姿を間近で見れるというのは得難い経験ですね。
  • 田尻 NHK大河ドラマという大作に関われているというのも嬉しいです。それに、改めて囲碁は日本の伝統文化なのだなと感じます。どの時代を背景にした大河ドラマにも囲碁のシーンは多かれ少なかれある。時代考証を含め、いろいろ考えて局面を作っているので、大河ドラマをご視聴の際は局面にも注目していただけると嬉しいです。

記・品田渓

関連記事