上野愛咲美新女流名人グランドスラム~終盤に成長を実感【コラム:品田渓】


 上野愛咲美女流立葵杯藤沢里菜女流名人に挑んだ博多・カマチ杯第34期女流名人戦は上野の2勝0敗で幕を閉じ、新女流名人が誕生した。上野にとって女流名人獲得は初めて。これによって5つの女流タイトル(女流本因坊、女流名人、女流立葵杯、女流棋聖、扇興杯)すべてで獲得経験のあるグランドスラムを達成した。

 グランドスラムは2016年に謝依旻七段が扇興杯を優勝し、達成して以来。2005年には小林泉美七段が女流プロ最強戦を優勝し、当時4タイトルだった女流棋戦(女流本因坊、女流名人、女流棋聖、女流プロ最強戦)を制覇するグランドスラムを果たしている。

 上野は16歳で女流棋聖位を獲得して以来実績を積み重ね、近年は藤沢と並んで女流囲碁界をけん引する2強と評される。しかし、これまで藤沢との直接対決は苦戦を強いられることが多かった。特に2020年から21年は両者が決勝や番勝負を争った5棋戦で全て藤沢がタイトルをつかんだ。藤沢の棋風は安定感抜群で、特に後半の正確さに定評がある。中盤の破壊力を強みとする上野にとってはこれまでの戦い方が通用せず、高い壁となった。当時を振り返って上野は「ヨセを勉強しなければ一生里菜先生には勝てないと思った」という。棋譜並べのヨセだけを取り出して研究する「ヨセマッチ」を取り入れたのもその頃だ。

 今回の女流名人戦では両局とも終盤勝負の碁形になったが、上野が勝ち切った。第2局終局後のインタビューでは「2局ともヨセになって、耐える手をたくさん打った。昔だったらたぶん2局ともダメだったので、成長できたかなと思います」と手応えを語った。2年前に一念発起し取り組んできたヨセ研究の成果が実を結んだ瞬間だった。
 以前、上野は藤沢について次のように話していた。「里菜先生はいつも私をリードして引っ張り上げてくれる存在です。私は里菜先生にボコボコにされるまで自分のヨセが弱いことに気付いていなかった。常に私の半歩先を歩いていて、棋風が真逆。だから打つ度に勉強になる。里菜先生みたいな先輩がいて、本当に良かった」。
 敗戦は常に次の勝戦の布石。今回の女流名人戦を経て、上野と藤沢の戦いはどのように変化し発展していくのだろうか。




記・品田渓