着物の世界に来てみんね~和装棋士・中野泰宏九段「つるりん式観る碁のすすめ~こぼれ話」


 ここでは週刊碁連載中の「つるりん式観る碁のすすめ~四字熟語編」で書ききれなかったこぼれ話を紹介します。(つる=鶴山淳志八段、りん=林漢傑八段

 今回は三味線と合気道と小鼓を嗜む福岡県出身の和装棋士、関西棋院の中野泰宏九段をご紹介しました。囲碁はワールドワイドなマインドスポーツであると同時に日本の伝統文化。温故知新を実践する中野九段に和装の良さをお聞きしていきましょう!




(インタビュア=編集K)
  • ― 先生の着物姿をNHK杯で拝見した時から一度お話を伺ってみたいと思っていました。やっぱり、和装と碁はよく合いますね。
  • ○ ありがとうございます。あの着物は祖母が父のために自分で縫製した着物なんです。でも、父は一度も袖を通してなくて・・・。私がその着物で対局をして、父がそれをテレビで観るというのが一つの親孝行の形かな、と思って着て行きました。
  • ― おばあ様、すごいですね!確か、先生は福岡県のご出身ですよね。福岡県は博多織が有名ですが、ひょっとしたらそういうご関係の方だったのでしょうか。
  • ○ いや、着物関係者とかではなく、普通の人だったと思いますよ。ただ、器用な人だったみたいですね。着物はNHK杯の対局が決まった後、実家から持ち出しました。父のためのものなので、私には少し袖が短かったのですが、碁石を持つのにはかえってよかったです。
  • ― 素敵なお話ですね。先生は前からご自分で着付けがおできになったのでしょうか。
  • ○ いえ、着物を日常的に着たいと思って着付けを習ったのは最近です。2、3回先生に教わって、後は着る時にユーチューブを見るくらいでできるようになりました。
  • ― すごい!そんなに早く習得できるものなのですか。
  • ○ 女性の着物は大変と聞きますが、男性は着物を羽織って帯を締めるだけなので簡単なんですよ。慣れれば10分で着ることができます。まあ、私の場合は合気道で道着を着慣れていたことや、三味線の発表会で年に一度とはいえ着物を着る機会があったことで、普通の人より馴染みがあったというのも大きいかもしれません。
  • ― なるほど。それにしても、なぜ今、お着物を着ようと思われたのでしょう。きっかけや理由を教えていただけますか?
  • ○ 直接のきっかけは整体の先生に「着物は日本人に合っているから健康にいいよ」と勧められたことです。「日本人的パワーが出る」というので、じゃあ着てみようかなと(笑)。
  • ― そうなんですか!まさか健康のためだったとは(笑)。実際に着てみて、「日本人的パワーが出ているな」と感じることはありますか?
  • ○ パワーはちょっと分かりません(笑)。でも、楽ですよ。私にとってはネクタイを締めるよりも帯を締める方が対局中に気にならないですね。着物を着ていると何となく体の使い方も着物に合った使い方になると言いますか、背筋も伸ばしているようになるし、歩き方も裾があるので洋服の時とはちょっと変わりますし。
  • ― それが健康にいいんでしょうか。
  • ○ うーん、どうでしょう。でも、先ほども言ったように、特に男性はそんなに難しくないので、もっと若い方も着るようになってもいいのになぁとは思いますね。
  • ― 着物で対局されるようになって、反響はありましたか?
  • ○ 思った以上にありました。私が最初に着物を着だしたのは自分のためで、周りに広めたいとか、そういう気持ちはなかったんですけど、今は少しありますね。
  • ― 囲碁はマインドスポーツでもあり、日本の伝統文化でもあります。先生はどういう風に囲碁を捉えてらっしゃいますか?
  • ○ 私は伝統文化寄りですね。伝統文化が好きというのもありますし、教えてくださった先生方が昭和の香りを色濃く残した方々が多かったので、自然とそういう捉え方になった部分もあります。ただ、マインドスポーツとして捉えるのも、どういう側面から見たかという違いであって、間違いではありません。どちらもあっていいと思います。
  • ― 実は、私も和装にハマっておりまして、最近やっと着物を自分で着付けて出掛けられるようになりました。ちょっと和装観戦記者を目指してみようかなと思ったりもしているのですが、どう思われますか。
  • ○ ああ、いいと思います。まずは着ていかないことには始まりませんし。ただ、私は初めて着物で対局に行く時は対局相手を変にびっくりさせて対局に支障が出てしまわないかなと心配しました。実際には私の方が見られていることにソワソワして負けてしまったんですけど(笑)。
  • ― やっぱりそうですよね。いきなり着物だと対局者の方をびっくりさせちゃうし、自分もドキドキしそう。
  • ○ 事前通告するのもありだと思います。NHK杯の時は一応NHKさんには着物で行きたいと思いますとお知らせしました。
  • ― うーん。でも、観戦記者がいきなり対局者の方にお電話して、着物で行きますっていうのも変な感じがしますよね。・・・まずは観戦じゃない取材の時に着物でウロウロして、「ああ、この人はたまに着物だな」と認知していただくというのはどうでしょうか。
  • ○ それはいいかもしれませんね。少なくともびっくりさせるのは避けられそうです。私も他の方にも着物で対局してみて欲しいなという気持ちはありますが、いきなり着物で手合はハードルが高いですよね。なので、まずは主宰している研究会で希望者を募って、私が着付けを手伝って一日着物で対局してみるのはどうかなと考えています。
  • ― それは素敵な企画ですね!着物で対局がそこまで珍しくなくなれば自分が着物で行くことにドキドキしないで済むようになりますし、より文化の香りを感じられそうです。本日はありがとうございました。

記・編集K