「やりたいことはあきらめないでいい」―1型糖尿病の棋士、木部夏生三段インタビュー「つるりん式観る碁のすすめ~こぼれ話」


 ここでは週刊碁連載中の「つるりん式観る碁のすすめ~四字熟語編」で書ききれなかったこぼれ話を紹介します。(つる=鶴山淳志八段、りん=林漢傑八段

 今回はダンスが得意なユーチューバー棋士、べっきーこと木部夏生三段が登場しました。アクション芸(特に顔芸)を得意とするりんは、同じ体を使うパフォーマーとして(?)密かに木部三段を尊敬しているらしいです。




 明るく元気で聡明な木部三段は、実は1型糖尿病患者でもあります。1型糖尿病とは原因不明の難病で、生活習慣に関係なく、突然血糖値を下げる作用のあるインスリンが体内で分泌できなくなってしまう病気です。現在に至るまで完全に治療する方法は見つかっていません。木部三段は10歳の時に1型糖尿病を発症し、今も病気をコントロールしながら生活しています。そこで1型糖尿病患者でかつ棋士である木部三段がどのように病気をコントロールしているのか、棋士生活で思うこと、伝えたいことなどをうかがいました。
(インタビュアー=編集K べ=木部三段)


  • ―― いつもユーチューブチャンネル「べっきーの電波塔」拝見してます!「踊ってみた」も「囲碁ニュース」も楽しくて大好きです。
  • べ) ありがとうございます。
  • ―― 動画の中には1型糖尿病について説明しているものもあります。明るく楽しそうに語ってらして少し驚きました。どのようなことを思って病気についての動画をアップしようと思われたのでしょうか。
  • べ) 棋士になった時から、私はなるべく自分の病気についてはオープンにしていこうと思っていました。というのも10歳で発症した時、周りの同じ病気の方がオープンにしてくれたら心強いだろうなと思ったからです。実は1型糖尿病はけっこう身近で、有名なスポーツ選手の方の中にも1型糖尿病患者の方はいらっしゃいます。自分がオープンにすることで、同じ病気になってしまった方に「病気になってもやりたいことをあきらめる必要はないんだな」と少しでも思ってもらえたらという気持ちがありました。
  • ―― 1型糖尿病はどのような病気なのでしょうか。
  • べ) 1型糖尿病はすい臓のインスリンを分泌する機能が突然動かなくなり、血糖値を下げるホルモンが出なくなる病気です。なので、血糖値が上がった時、つまり食事をした後、特に炭水化物(糖質)を食べた後にインスリンを注射などによって外部から入れてあげる必要があります。
  • ―― 以前、木部さんの対局を観戦させていただきました。対局中にも注射をされていましたね。
  • べ) はい。血糖値は上がらなければいいというものでもなくて、下がり過ぎて低血糖になると頭がフラフラしてしまうし、高血糖でもボーっとしてしまうし、ちょうどいい数値を保たなければいけないんです。なので、血糖値が下がってきたら糖質を取り、上がってきたらインスリンを打ちと、対局中は特にしっかり管理する必要があるんです。
  • ―― お話を聞くと、とても大変そうな感じがしてしまいます。
  • べ) そうですよね。でも、もう16年も同じことをしてきているので、慣れてしまって、私は全然負担に感じていません。どんな棋士の方も対局中は万全な状態で臨めるように工夫しているものだし、私が血糖値をコントロールするのもその一環かな、と思っています。
  • ―― 「慣れた」とおっしゃいましたが、やはり最初は大変でしたか?
  • べ) 最初の2年くらいはどのくらい厳密に管理すればいいのか分からなくて、今思えば神経質に管理し過ぎていたと思います。あと、血糖値コントロールで一番大事なのは、炭水化物量を知ることなんですよ。これが、一番時間がかかりましたね。
  • ―― どういうことでしょうか。
  • べ) コンビニのおにぎりとかは、包装に炭水化物量の記載があるんですけど、どこにも記載がないこともありますよね。そんな時でも、ちょうどいいインスリン量を摂るために、見た目で炭水化物量が分かる必要があるんです。
  • ―― つまり、例えばレストランでカルボナーラが出てきたら、木部さんは見ただけでこれは炭水化物量いくつ、と分かるということですか?
  • べ) そうです。
  • ―― すごい!
  • べ) あはは(笑)。これはかなり暗記力が必要なんですよ。炭水化物量一覧表を持ち歩いて、片っ端から全部覚えました。あとは、長年の経験ですね。ただ、炭水化物量がパッと見で分かるようになれば、特に厳しい食事制限はないので、インスリン注射をするということ以外はほとんど普通の人と変わらない生活ができるようになります。
  • ―― そうなんですね。それでも、食事の後にすぐに注射を打ったり、炭水化物量を覚えたり、血糖値を管理するのはすごく大変そうです。木部さんは棋士生活の中でハンディに感じることはないのですか?
  • べ) よく聞かれるんですけど、慣れてしまった今、ハンディに思うことはないですね。ただ、世の中的にはそう思われていなくて、就職の面接で病気のことを書くと不採用になりやすい、というようなことを聞いたこともありました。私はけっこう反骨心があったので、絶対に病気を言い訳にしたくないと思って突っ走ったというところはありますね。
  • ―― 強いですね。すごくポジティブでかっこいいです。
  • べ) うーん。そうでもないですよ。たしかに、病気に関してはポジティブかもしれませんけど、私、すごくメンタルが弱いんです。プレッシャーからプロ試験前に入院したくらい。これは持病関係なく、完全にメンタルが参ってしまっての入院でした。正直なところ1型糖尿病になる以前もメンタルが弱過ぎてしょっちゅう点滴とかしていたので、ある意味注射に慣れていたというか、それであんまり負担に思わないっていうのはあるかもしれません。
  • ―― それは・・・、そういう問題なんですか!?
  • べ) いやぁ、どうなんでしょう(笑)。でも、病気に対する感じ方はそれぞれだし、今つらいと感じてらっしゃる方はいっぱいいると思います。私は何もこの病気は大したことないよ、と言いたいわけじゃないんです。苦しい、つらいと思っていいと思います。ただ、病気になったからといって夢をあきらめる必要はないし、できることはたくさんあるんだと知ってもらえたらいいなと思っています。
  • ―― 1型糖尿病のことがよく分かりました。木部さんの活躍に勇気づけられる方はきっと大勢いらっしゃると思います。ありがとうございました。

  • * 木部三段は6月に顎変形症の治療のため手術をし、一時期動画の更新をお休みしていましたが、7月末に再開しました。「自分と同じような立場の人のためにも、自分の体験はできるだけオープンにしていきたい」という木部三段は顎変形症の治療についても赤裸々に動画で語っています。
記・編集K