神と写真【とある編集室の井戸端会議】



新人編集サイトウ
急な異動で周囲の囲碁会話が呪文に聞こえる日々を過ごす、週刊碁歴3ヵ月のアラフォー。棋力は10級。アニメとワインで現実逃避中。20年ほど前に学芸員の資格を取るため、カメラの講習を受けたことがある。

先輩編集ホリー
ヒカルになるんだ!と意気込んだものの高段止まり。いつの間にか週刊碁歴10年になっていたアラサー。某ネコ型ロボットのグッズ集めが癒し。カメラは「100枚も撮れば1枚はいい写真がある。連射あるのみ」が信条。
  • サイトウ「いや~、先週は女流棋戦が熱かったですね!」
  • ホリー 「上野さんの呉清源杯ですね。世界最強の女流棋士と名高い崔精(チェジョン)さんを倒すとは!」
  • サイトウ「しかも快勝らしいじゃないですか! 世界最強の女帝に! 祭りですよ! 祭り! もっと騒ぎましょうよ!」
  • ホリー 「棋院のデータだと、公式戦で崔精さんを倒した日本の女流棋士は吉田美香八段(2012年・黄竜士杯)以来。非公式戦のおかげ杯国際精鋭戦などでは、藤沢里菜さんが勝ってたりしますけど。いずれにせよ今回の勝利は、確かにお祭り級の興奮度でした」
  • サイトウ「編集長もすっかり舞い上がって『サイトウくん、決定的瞬間を収めるんだ!』なーんて言うんですよ。カメラを触るのなんて20年ぶりぐらいなのに、僕の腕も買われたもんですよね~」
  • ホリー 「ほー。では見せてください。その腕前を」
  • サイトウ「いいでしょう。見さらせ! 我がゴッドショット!」



  • ホリー 「......。暗い」
  • サイトウ「十分明るいでしょ?」
  • ホリー 「構図がイマイチ」
  • サイトウ「えっ? 完璧でしょ?」
  • ホリー 「主役の顔が、何より目が見えない」
  • サイトウ「え~、素敵なまつ毛が見えてるでしょ!」
  • ホリー 「専門家の写真を見て、勉強してください」



  • サイトウ「......」
  • ホリー 「明るいでしょ?」
  • サイトウ「......はい」
  • ホリー 「上野さんの表情が、しっかりわかるでしょ?」
  • サイトウ「......はい」
  • ホリー 「本当は微妙な写真だって、わかってたんでしょう?」
  • サイトウ「......はい。このコラムでは変なキャラにされてますけど、本当は僕、グイグイいくのは苦手なんですよ。対局者の正面にまわったりしたら、嫌がられるんじゃないかって、どうしても遠慮しちゃって......」
  • ホリー 「(変なキャラではあると思うけど)気持ちはわかります。僕も最初はそうでした。でもね、この写真を撮った棋院の専属カメラマン・カヤマさんに相談すると『大丈夫よ~、気にしないわよ~』と、えらい軽く返されまして」
  • サイトウ「あ~、言いそう」
  • ホリー 「カヤマさんは我々が産まれる前から棋院で写真を撮り続けている生き神。神の言葉には不思議なパワーがあります。そういうものかと思って場数を踏むうちに、今では良くも悪くもにじり寄って撮るようになりました」
  • サイトウ「じゃあ、僕もそのうち慣れるかな」
  • ホリー 「大丈夫大丈夫。ついでなので、本紙で使い切れなかった女流本因坊戦第1局の写真を見ていきましょう。カヤマさん撮影です」
  • サイトウ「『あんなに撮ったのにね~』って、よく嘆いてますもんね」





  • ホリー 「花巻温泉の入り口から、車で数分揺られたところにあるのが今回の対局場・佳松園」
  • サイトウ「温泉がいいって聞きますね。化粧水みたいな、とろとろのお湯だとか。美肌のサイトウ......うん、いけるな」
  • ホリー 「(何がいけるんだ......。)次の写真は検分時のもの」



  • サイトウ「広っ!」
  • ホリー 「贅沢な空間ですよね。どんどんいきます」







  • サイトウ「記念撮影か~」
  • ホリー 「順に、釜淵の滝に向かう一行、関係棋士の集合写真、スマホで滝を撮る上野さん」
  • サイトウ「最後の上野さん、普通の若者って感じでいいですね」
  • ホリー 「こういう写真を撮るのって、我々だと意外に忘れがち。さすがです」



  • ホリー 「で、これがプチ前夜祭。肘タッチするお二人」
  • サイトウ「これは本紙でも使ったような?」
  • ホリー 「ちょっと表情が違います。じゃれあってる感じが強いこの写真も好きなので、紹介しました」
  • サイトウ「いっぱい撮るんですね」



  • ホリー 「YouTube解説中の首藤八段と外柳三段」
  • サイトウ「YouTubeをやって、共同通信社さんの観戦記を書いて、我々週刊碁の原稿も書いてもらって。首藤さん、働きすぎでは?」
  • ホリー 「出来る男には仕事が集まるものです」





  • サイトウ「あれ? 花の写真は棋戦に関係あるんですか?」
  • ホリー 「会場の近くにバラ園があるんです」
  • サイトウ「え? そんなところも撮らないといけないんですか?」
  • ホリー 「撮らなくてもいいんですけど、撮ってもらえるとどこかで使い所があるかもしれない。紙面を飾る材料は一つでも多いほうがいいのです」
  • サイトウ「例え日の目を見なくても......?」
  • ホリー 「見なくても。それがプロのお仕事」



  • サイトウ「これは終局ですか。でも変わった構図の写真だなぁ」
  • ホリー 「這いつくばるようなところからシャッターを押していますね。こういう写真が好きで、僕もよくマネしています」
  • サイトウ「......。色々見て、わかりました」
  • ホリー 「何が?」
  • サイトウ「僕には無理ってことが」
  • ホリー 「何事も慣れですよ。それにね、ウチの編集長はスパルタですから。無理という言葉は辞書にありません。すでに舞台は用意されています」
  • サイトウ「えっ?」
  • ホリー 「鳥取で行われる女流本因坊戦第2局。カメラマンとしてサイトウさんが出張することに決まりました」
  • サイトウ「えっ? 僕の腕前は見ましたよね?」
  • ホリー 「......。少人数なので、我々は何でもやらないと生き残れないのです。まだ2週間あるから、練習してください」
  • サイトウ「無理ですって! ねぇ編集長! 冗談ですよね⁉」

  • ※ 編集長「10月5日に発売された週刊碁で、呉清源杯、女流本因坊戦第1局、詳細解説しております。もちろん名人戦第4局も掲載。よろしくお願いします。サイトウのカメラ上達祈願も、あわせてお願い出来れば幸いです」