手談でつながる人々―「第2回誰でも囲碁大会」参加レポート【コラム:品田渓】


 第2回誰でも囲碁大会が9月3日、首都圏防災ウィークの一環として日本棋院で開催された。「誰でも囲碁大会」の旗振り役は視覚障害者用の碁盤「アイゴ」の普及を行っている柿島光晴さん。大会の名前は年齢、性別、障害の有無にかかわらず誰でも気軽に参加できるようにと願いを込めた。第2回の今年は昨年を大きく上回る130人が参加(昨年は80人)。そのうち約40人はなんらかの障害を持つ方で、複数の特別支援学校から初めて碁に触れる青少年の参加もあった。
 記者は昨年、第1回誰でも囲碁大会の取材を行った。自由でリラックスした雰囲気に惹かれ、今年は記者も大会にエントリーした。今回はひとつ、参加者の一人として感じたことを書いてみたい。

 会場はとても賑やかだった。誰かと会話をしている人が多い。会話の相手は友達だったり、補助や介助の付き添いでいらしている方だったり、たまたま目の前にいる人だったり。私もほっとかれなかった。自席に着くと、ななめ前にいた方に「どこからいらしたんですか」と話しかけられ、開会式が始まるまでおしゃべりした。
 どことなくヨーロッパ碁コングレスに雰囲気が似ているなと思った。ヨーロッパ碁コングレスは毎年夏にヨーロッパで約2週間にわたって開催される囲碁イベントで、ヨーロッパ各地からはもちろん、アジア圏からの愛好家も多く集まる。
 日本人から見るとヨーロッパの人が明らかに違うように、誰でも囲碁大会の参加者は健常者から見ると明らかに違っている人が大勢いた。聴覚障害がある方は手話で会話をするし、視覚障害がある方は杖をついて歩く。ダウン症の方もいれば、脳性麻痺の方もいる。それがとても自然だった。初めから違うことが前提だから、同じでないことに違和感もない。それが、健常者である私にとっても開放的で心地よかった。

 大会には棋力に応じていくつものクラスがあり、入門講座やランクアップ講座といったイベントも豊富だった。私が参加したのは最強戦。1回戦目は囲碁普及の一環としてマンガ『ヒカルの碁』を全国の小学校に寄贈する取り組み「ヒカルの碁寄贈プロジェクト」を推進している喜多さんと、2回戦目は神奈川の強豪で脳性麻痺がある能勢さんと、3回戦目は元院生で視覚障害のある岩崎さんとアイゴを用いて対戦した。
 月並みな感想だが、とても楽しかった。私は碁そのものの奥深さも好きだが、それ以上に対局すると対戦相手の背景を感じられるのが好きだ。碁にその人が歩いてきた道が見えるような気がする。初対面の人との会話はたいがいお天気の話と自己紹介止まりだが、対局すれば、それだけでその人の力強さや実直さ、あるいは老獪さが知れる。そういう深く付き合わなければ知りえないようなその人の一面を、碁を通じて垣間見れるのはとても特別なことに思う。我が身を振り返ると、普段は障害を持っている方に対しては障害という大きな違いに目が行ってしまい、その方を知るところまでたどり着けていない。けれど今回の大会では能勢さんの勇気と力強さを感じたし、岩崎さんの勉強量や冷静さ、堅実さを知ることができた。

 すべての対局が終わると、表彰の準備を行うまでの間にミニコンサートが行われた。視覚障害当事者で本大会の参加者でもあるバイオリニスト、白井崇陽さんによるバイオリンの独奏だ。エルガーの「愛の挨拶」に始まりアニメ『ヒカルの碁』のオープニング曲まで。どこか郷愁を誘うしっとりとした音色が心に沁みた。
 昔から碁は言葉のいらないコミュニケーションという意味で「手談」と言われる。碁盤を介せば誰もが対等で勝つために真剣だ。真剣だからその人の内面にも触れることができる。ここにいる人たちは持っているものも境遇もまるで違い、普段の生活の中で交じり合うことはめったにないだろう。しかしここに集っている間は誰もが碁を楽しむ仲間だった。そして一度対局すれば、その人とは1時間以上かけて語り合ったのと同じだ。もう他人ではない。

記・品田渓


「誰でも囲碁大会」の仕掛け人、柿島光晴さん。視覚障害者用碁盤「アイゴ」を用いて入門講座を行った。


会場には大会参加者と介助者、通訳者など、約170人が集まった。


水間俊文八段ら棋士による入門講座、ランクアップ講座も行われた。


最強戦の優勝者は中学3年生の岩崎晴都さん。


5年前に囲碁を始めたバイオリニストの白井崇陽さん。本大会に参加すると共に会場に美しい音色を届けた。