奥田あや四段は10人兄弟のお姉さん!?―実録・大淵門下の内弟子生活「つるりん式観る碁のすすめ~こぼれ話」


 ここでは週刊碁連載中の「つるりん式観る碁のすすめ~四字熟語編」で書ききれなかったこぼれ話を紹介します。(つる=鶴山淳志八段、りん=林漢傑八段

 今回は海や空のように心が広い酒豪の奥田あや四段が登場しました。みんなのお姉さんとしては謝依旻七段が有名ですが、実は奥田四段も負けていません。カラッとした包容力のある人柄で、多くの人から慕われています。
 さて、そんな奥田四段と私、編集Kは、ほんの一時期ではありますが、いわゆる「同じ釜の飯を食う」間柄でした。そこで、今回だけはつる&りんのコーナーをお借りして、個人的な思い出話をさせていただきたいと思います。なお、思い出話の中では奥田四段をあやちゃんと呼ぶ失礼をお許しください。

 碁界には師匠が弟子を取り一緒に生活をする、内弟子という文化があります。あやちゃんは大淵盛人九段の内弟子でした。大淵先生には奥様との間に5人の子どもがいます。そして、内弟子は時期にもよりますが、3人はいました。加えて通って来られるお弟子さんもいる。つまり、大淵先生のご自宅には常時10人以上の人がいたということです。
 一時プロ棋士に憧れていた編集Kは、大淵門下ではありませんでしたが、勉強のために1週間ほど大淵先生のご自宅に宿泊し、他のお弟子さんと一緒に生活&勉強する機会をいただきました。ここで、あやちゃんと同部屋になったのです。
 みなさんは10数人が住む家、というのを想像できるでしょうか?都内のマンションに家族4人で暮らしていた編集Kにとって、それはまさに未知との遭遇。カルチャーショックの連続でした。奥様が作る餃子の量、一つの部屋に人が入りきらなくて襖という襖を外して部屋を広くしたこと、トイレに入る順番の熾烈さ。大淵先生の長男、大淵浩太郎五段は棋士ですが、お子さんのほとんどはプロ志望ではありません。弟子たちが勉強する道場然とした空間の隣からはどこの家庭でもありそうな兄弟喧嘩や学校の話題が聞こえてきて、とても一言では言い表せない、独特な雰囲気を醸していました。
 あやちゃんは、弟子&大淵先生のお子さんたちの中で一番年上で、しかも精神的に大人でした。なので、自然とあやちゃんがみんなのまとめ役になります。ご飯の支度の時にはまずあやちゃんに指示を仰ぎ、お客さんがいらした時にはまずあやちゃんに指示を仰ぎ、喧嘩が勃発するとまずあやちゃんに仲裁を頼み・・・。時にはあやちゃんが他の子と激しい喧嘩をすることもありましたが、基本的には大淵先生と奥様の元であやちゃんはチーフでした。同部屋になったホームシック気味の編集Kにも温かく接してくれて、どんなにありがたかったことか。
 編集Kのホームステイはあっという間に過ぎました。碁の勉強はもちろん、裏山に弟子と先生で体力作りのために登ったこと、みんなで映画『ラストサムライ』をテレビ視聴したこと、おやつにもらったイチゴがとんでもなく美味しく感じたこと、あやちゃんと布団の中でおしゃべりしたこと。20年前の出来事ですが、今も鮮やかに思い出されます。

 今回、奥田四段につるりんから与えられた称号は「海闊天空」でした。この称号に編集Kは誰よりも深く同意します!思えばあの頃からあやちゃんは心が広くて快活でした。唯一予想できなかったのは、誰もが認める酒豪に成長したことくらい。しかしそれも、今振り返れば随所随所で豪快だったあやちゃんらしいな、とも思うのです。

記・編集K


プロ棋士ペア碁選手権2022で優勝し、笑顔でVサインをする奥田四段とペアの佐田篤史七段。優勝について佐田七段は「すべては姉さんのおかげ」と振り返りました。さすがのお姉さん力で今も弟を増やしているようです。(写真提供:鶴山淳志八段)

記・編集K