セピア色の思い出―つる、山田規三生九段と過ごした青春の1ページ「つるりん式観る碁のすすめ~こぼれ話」


 ここでは週刊碁連載中の「つるりん式観る碁のすすめ~四字熟語編」で書ききれなかったこぼれ話を紹介します。(つる=鶴山淳志八段、りん=林漢傑八段

 佐田篤史七段を交えての関西棋士編、1人目は大酒豪にして名詰碁作家の山田規三生九段を取り上げました。実は山田九段、関西在住の棋士ではありますが、東京にマンションを借りていた時期があり、つるりんとも深い親交があります。「あれは我々が10代、20代の頃...」とつるが話し出しました。規三生先生(つるりんは山田九段をそう呼びます)と都内のとあるマンションの一室で過ごしたノスタルジックな日々。今回はその一端をご紹介しましょう。

【つるの思い出】
 20歳前後のつるは規三生先生が大好きだった。先生を慕う若手棋士は他にも大勢いて、ちょさん(張豊猷八段)もその1人だった。ちょさんは信頼されていて、先生が借りている都内のマンションのカギを何かの時のために預かっていた。多忙な先生は大阪と東京を行ったり来たり。マンションを長く留守にすることも度々あった。
 つる「規三生先生のマンションにはゲーム機がたくさんあって、よく先生の留守中にちょさんとゲームをやりに行ったなぁ」。先生のマンションは東京の若手たちのたまり場だった。「なんとなく集まって規三生先生の詰碁を解いて、あの頃は写メもなかったからみんなで碁罫紙に写して、その後お酒を飲んで、朝までゲームして、楽しかった」。規三生先生の名前と共に思い出すのはみんなでワイワイ集まって、詰碁とゲームをしたあの頃。先生がいてもいなくてもあのマンションの一室はいつでもつるを迎え入れてくれた。棋士になって間もないつるの心のオアシス。「規三生先生のマンションはすごく居心地が良くて、ずっと居れちゃうんだよね。本当にお世話になりました」。

 なお、りんにも山田九段とのおもしろくも懐かしい素敵な思い出があるのですが、少しここで書くには際どい内容だったため、編集Kの判断でつるの思い出だけを紹介させていただきました。気になる方はぜひ、直接、こっそり聞いてみてください。

記・編集K


つるりん世代にとっての「強くておもしろくて優しい兄貴」、規三生先生。


1997年、第45期王座戦で柳時熏七段(当時)から王座を奪取。

記・編集K