井山天元の4連覇か、山下九段の9期ぶりの天元復位なるか
天元戦五番勝負をリアルタイム中継

特集

 今年ここまでの、日本囲碁界最大のニュースといえば、「井山裕太、六冠に後退」であろう。囲碁界の七大タイトルのすべてを保持していた井山天元(29)が碁聖防衛戦に敗れ、七冠保持が崩れた。
 打倒・井山を果たしたのは、タイトル初挑戦の許家元碁聖(20)だ。台湾出身、入段してまだ6年目。3連勝のストレート勝利。あれよあれよという間のタイトル奪取だった。林海峰名誉天元(76)、王立誠九段(59)、王銘エン九段(56)、張栩九段(38)と続く台湾出身棋士の系譜に、新たな顔が加わった。
 ただ、一冠を失ったとはいえ、「井山一強」の構図は、まだまだ揺らぐものではない。その戦績は圧倒的である。
 ご承知のように、井山は昨年の名人戦で高尾紳路九段(41)から名人位を奪還し、2度目の七冠に輝いた。初めての七冠を打ち崩したのが高尾であったが、井山は最短の1年ですぐ七冠に返り咲いた。むろん、その間残る六冠をすべて防衛してのものである。
 2度目の七冠を達成して以降の、井山の防衛戦を時系列で振り返ろう。
 王座戦、天元戦は3連覇を達成。ともに一力遼八段(21)をストレートで下してのもの。一力は年明けの棋聖戦でも井山に挑戦を果たしたが、これもストレートで井山に封じられた。棋聖は6連覇。さらに続く十段戦で、井山は村川大介八段(27)をストレートで下して3連覇。これで挑戦手合17連勝の記録を作った。
 この記録は、残念ながら本因坊戦第1局で途切れた。止めたのは山下敬吾九段(40)。しかし、井山はその後4連勝で本因坊7連覇を達成した。
 この盤石の強さなら、2度目の七冠後の一巡防衛も、井山なら難なく達成するであろうと思われた。だが、そこで登場したのが許。この若者が、井山の一巡防衛を打ち砕いた。それでも、最初の七冠は197日で終えたが、2度目は290日と1度目を超えた。
 今後の井山の防衛戦の日程は名人戦、王座戦、天元戦と続く。張を挑戦者に迎えた名人戦七番勝負はすでに始まっており、現在井山の3勝1敗である(10月11日現在)。天元戦は山下が、王座戦は一力が、それぞれ挑戦者に名乗りをあげた。
 3度目の七冠に向け、井山がまた防衛を重ねることになるか、あるいは許に続いて打倒・井山を達成する者が現れるか。
(観戦記者=川熊博行)

対談

 井山裕太天元(29)=棋聖、名人、本因坊、王座、十段=に山下敬吾九段(40)が挑む第44期天元戦5番勝負が10月19日に開幕する。両者の挑戦手合は本因坊戦に続いて今年2回目で、歴代最多の11回目となる。今夏に碁聖を失い、六冠に後退した井山は4連覇(通算7期)を目指す防衛戦。対する山下は8期ぶりの挑戦手合出場で、2度目の復位を狙う。井山をよく知る小松英樹九段(51)と、山下と同門の加藤充志九段(45)に、5番勝負の行方を占ってもらった。


小松 英樹九段 × 加藤 充志九段
― 本戦を振り返って。
小松 許家元碁聖や平田智也七段ら、若手の活躍が目立ちました。若手の中でずば抜けている人はいないが、みんな強い。
加藤 いまは若手が勝っても、それが普通という感じです。
小松 だけど、挑戦者決定戦は山下九段が強かったね。許碁聖が山下九段のパワーにまだ対応できていないように感じました。
加藤 許碁聖は山下九段が苦手なのかもしれない。また、山下九段の本棋戦の勝率がとても高く、もっと天元を取っていてもおかしくないです。
― 山下九段の調子は?
小松 悪さは感じない。安定感がある。負けても感想戦では堂々としていて、疲れも感じさせないです。そういえば、最近は感想戦が長くなりました。
加藤 以前はやらなかった研究会を若手と一緒にやるようになった。挑戦者決定戦の布石は世界では見かけるそうですが、その情報を知った上で自分の見解を述べていた。よく勉強しているなと感じる。
小松 昨年の三星杯で一緒に行ったとき、井山天元や山下九段らで碁の検討を楽しくやっていた。その中で山下九段から「若手が言うには…」みたい発言もありましたね。
加藤 打つ手にも変化を感じます。前は一歩一歩感があったが、最近は軽くなったというか、柔らかい手が見られるようになった。
― 対する井山天元は?
小松 今年2月のLG杯は惜しかった。第2局は粘りに粘って勝利をあげ、第3局も途中までは押していた。3月のワールド碁チャンピオンシップ決勝の敗戦も痛かった。
加藤 失冠した碁聖戦は相手の許碁聖が強かったといえます。井山さん自身の中で納得のいく碁が打てているように見えます。
小松 誰にも負けないという絶好調ではないが、調子は悪くない。ただ、9月上旬に打たれた三星杯1回戦(2勝勝ち抜けルール)を、2勝1敗と苦しみながらも勝ち抜けたのは大きかったと思います。
― 5番勝負の見どころ。
加藤 両者の碁はいつも難しい勝負をしている。井山45勝、山下20勝の対戦成績ほどの差は感じません。
小松 これだけ負けると苦手意識があるのかな。でも、高尾紳路九段は最初負けていても、井山天元からタイトルを取った。山下九段もひとつ取ると変わってくるのでしょう。
加藤 井山天元と一番いい勝負をしているのは山下九段だと思う。挑戦手合に毎年出ているし。
小松 激しい展開になりますが、互いの読みが深すぎて、解説する方はいつも大変です。今年の本因坊戦では、山下九段が1つ勝った後、惜しい碁を落としてしまった感じで、際どい勝負でした。
加藤 いつもの殴り合いでぎりぎりの戦いを見せてくれるでしょう。その上で山下九段に勝ってほしい。
小松 どのシリーズも中身の濃いので、今シリーズも期待できる。フルセットまで見たいですね。
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