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(挑戦者決定戦。2011年8月25日)
 今回の天元戦5番勝負は「関西棋院の浮沈を賭けた大勝負」と位置付けることができる。
 昨年8月、坂井秀至七段=当時=が碁聖位を奪取し、関西棋院に29年ぶりの7大タイトルをもたらした。すると、その坂井の活躍に刺激された結城聡九段=同=(本人もそう語っている)が11月に天元位を奪取して続いたのである。発足以来、常に日本棋院勢(東京本院、中部総本部、関西総本部)の後塵(こうじん)を拝し続けてきた関西棋院がついに宿願を達成―。昨年の囲碁界における最大のトピックであった。
 しかし、今年の6月から8月にかけて行われた碁聖戦で、坂井が羽根直樹九段=当時=に2勝3敗で敗れ、防衛に失敗した。関西棋院が保有するタイトルは結城の天元位のみとなったわけで、これが冒頭で触れた「浮沈を賭けた〜」の絵解きである。
 一方、挑戦者の井山裕太名人・十段の側から見ると「碁界制覇への足固めなるか」が大きな注目点となる。
 20歳という史上最年少記録の若さで名人位に就き、今年の4月には十段位も奪取して二冠。8月には世界選手権・富士通杯で世界の強豪を連破して3位入賞。今や押しも押されもせぬ「日本のエース」へと成長した。
 井山にとって今回の5番勝負は、名実ともに第一人者の道を歩み始められるかどうかの、重要な戦いとなる。現在、山下道吾本因坊を挑戦者に迎えた名人防衛戦の真っ最中であるが「名人防衛、天元奪取で三冠」が青写真であることは間違いない。
 そして5番勝負の展望であるが、穏やかに地を囲い合う展開はまず考えられず、激しく火花の散る乱戦が全局で繰り広げられることだろう。
 より具体的にポイントを絞れば、硬軟自在の井山に対し、結城の一撃必殺を秘めたハードパンチが決まるかどうか―。この一点に尽きると言っていいのではないか。
 「碁は格闘技」との言葉を再認識する、そんな5番勝負となる予感がする。
(囲碁観戦記者・佐野真)




 結城聡天元(39)=関西棋院=に井山裕太名人(22)=十段、日本棋院関西総本部=が挑む第37期天元戦5番勝負が24日、浜松市で開幕する。昨年の天元戦で念願のビッグタイトルを獲得した結城天元は、初防衛とともに関西棋院が唯一保持するタイトルの死守を目指す。挑戦者の井山名人は今春に十段も奪取し、さらに竜星戦、桐山杯で優勝。名人戦の防衛戦に臨んでいる最中で、気力も充実した日々を送る。関西勢同士の対決となった今期5番勝負の行方を、元・天元の河野臨九段、少年時代から結城天元と切磋琢磨してきた前・碁聖の坂井秀至八段に予想してもらった。

河野臨九段 × 坂井秀至八段
― 井山名人が挑戦者になりました。
 
河野 臨九段 坂井 秀至八段
坂井 : 井山名人は(天元戦本戦トーナメントの)1回戦の矢田直己九段戦で、ほとんど負けていた苦しい碁を粘って逆転勝ちした。そういう勝負を勝ったのが大きい。
河野 : 挑戦者決定戦の王銘エン九段戦も形勢判断の難しい碁。出だしは井山名人が少し苦しいかと見られたが、王九段の頑張り過ぎた手をとがめての勝利でした。
坂井 : 王九段は、中盤まで押しぎみに進め、独創的な打ち回しがうまくいきそうだったのですが…。
河野 : 棋譜を見るだけで、王九段のぼやきが聞こえてきそう。

― 井山名人の棋風、調子は?
河野 : すごく落ち着いて打ってきますが、さえた手というか、技を飛ばしてくる手が多いように感じます。
坂井 : 思い切りのいい手を打つよね。考えてもわからなかったらちゅうちょしてしまう棋士もいますが、先が見えてなくても、感性でいけると思ったら踏み込んでくる。また、それを心掛けているようにも思います。
河野 : 模様を張るような碁になることはなく、攻めの碁。いま行われている山下道吾本因坊との名人戦7番勝負でも、険しい手の応酬が見られます。
坂井 : 中国、韓国の碁は、ねじり合いが多い。井山名人は世界にも目を向けているので、そういう意識を持っているのでしょう。
河野 : 私が若い時は、韓国の李昌鎬九段の棋譜をよく並べました。なので井山名人の世代だと、中韓の碁をもっと調べていると思います。
坂井 : 今年は、挑戦者となった棋聖戦、挑戦者決定戦で敗退した王座戦こそものにできなかったが、それ以外は勝ちまくっている。竜星戦、阿含桐山杯でも優勝しました。

― 結城天元の調子は?
坂井 : 僕は結城天元にたくさん負かされていて、あんな強い人がどうして7大タイトルを取っていないのだろうと思っていた。早碁では結果を出していたけど。昨年、そのタイトルを初めて取ったのが意外なぐらい。
河野 : 実力者なので、もっと実績があってもいいと思います。
坂井 : 力強い碁を打つ半面、気持ちが乗らなかったり、粘らなかったりと、不出来な碁をたまに見かけます。
河野 : 確かに粘りを欠いてしまう碁はありますね。唯一の弱点かもしれません。
坂井 : 対戦相手がきつい顔ぶれだったが、7月に入ってから負け込んでいる(5勝9敗)のが気になります。

― 5番勝負の見どころは?
坂井 : この両者が打てば当然、戦いの碁になるでしょう。さらさら打ってヨセ勝負とはならないと思う。
河野 : 激戦必至。非常に見応えのある碁になると思います。
坂井 : 対戦成績は結城天元の2勝、井山名人の6勝ですか。
河野 : 意外と対戦が少ないですね。よく見ると、結城天元が勝っているのはいずれも決勝です。
坂井 : どの位置で勝っているかは大事なこと。両者は今年に入って2局対戦しています。まずは7月に打たれた桐山杯ですが、優勢だった結城天元がヨセで大損し、逆転負けを喫しました。
河野 : 9月の竜星戦決勝も、石の競り合いが続きましたが、最後は井山名人が結城天元の大石を捕獲して優勝を決めました。
坂井 : 最近の両者の調子と対戦成績を見ると、井山名人が有利と思う人が多いでしょう。しかし、前期の結城天元は「山下有利」の前評判を見事に覆しました。
河野 : 前期の結城天元は粘り強く打っているように感じました。
坂井 : 結城天元は気持ちが乗っていれば、持っている実力を遺憾なく発揮します。前期はまさにそう。
河野 : 両者は布石の研究も深いので、この5番勝負で新研究を披露されるかもという期待がありますし、ぜひ見てみたいですね。
坂井 : 結城天元も中韓の碁に精通しているから、その研究成果が見られるかも。

― 勝敗予想は?
坂井 : 5番勝負は長いようで短い。どちらが自分のペースを握れるかが重要だと思う。
河野 : どんなスコアになるのか予想は難しいが、3勝2敗で井山名人とします。
坂井 : 結城天元が初戦を取って3勝1敗で防衛。関西棋院にとっても大きなタイトルなので、守ってほしいという気持ちがあります。
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